HHです。Wharton生がアクセスできるPE/VCリソースについて、2010年にYNさんがまとめて下さった記事が今も参考になるのですが、授業に関して2回に分けてアップデートしたいと思います。まず、今回はPEから。
WHARTON生がアクセスできる豊富なPEVCリソース
https://www.wharton-japan.net/archives/66
日本のPEファンド業界は、歴史が浅く、業務経験者も限られているので、投資銀行のバンカー、コンサルタント、MBA留学生などを幅広く採用ターゲットとしています。
一方、アメリカのPEファンド業界は、日本よりもずっと成熟しており、新卒アナリスト入社組や、投資銀行やコンサルティング会社で2年働き、バイサイドで2年働いてきた”2+2”組がいるため、MBA採用でPE未経験者を採用すること自体が稀です。トップPEファンドは、MBA採用のターゲットをHBS、GSB、Whartonの3校に絞っており、Wharton進学を決めた理由が「PE業界でのネットワークの強さ」という学生も少なくありません。
ところが、PEの実務に直接役立つWhartonの授業は何か?と言われると、即答できないという状況が近年まで続いていました。もちろん、PEはMBAで習う戦略、人事、マーケティング、オペレーション、マクロ経済、会計、税務、会社法、交渉術といった幅広い内容を卒業してすぐに使うことになるので、全ての授業が役に立つと言えます。ただ、扱う必要の知識が多岐に渡りすぎている故に、1つの分野を深掘りしてきた教授が包括的に教えるのは無理があったのかもしれません。
この状況を打破したのが、WhartonのPEプログラムヘッドのBilge Yilmaz教授です。彼は、FNCE884 – ADVANCED TOPICS IN PEという授業を2015年に開講し、実際にPE業界で働いているWharton卒業生の力を借りることにしました。
まず教材は、Carlyleが実際の投資案件で使っていた本物のデータです。これには、売り手側が投資銀行に作らせて買い手候補側に開示したCIM (Confidential Information Memorandum)や、Bain & Companyが作成したビジネスDD資料、会社側が作成した分析ファイル、各種マーケットリサーチデータなどが含まれます。これを基に、5-6人の学生チームでLBOモデルを作成し、投資委員会向けのプレゼン資料を作成します。その後、実際にLBOローン組成を提案した4つの銀行のタームが配られます。これを学生は、グリッドに整理して、どの銀行からデッド調達を行うべきかを決定します。最後に、各チームは売り手チームと買い手チームに分かれて、SPA (株式売買契約書) の交渉を行います。SPA交渉の前には、Kirkland & Ellisのパートナーが教室に来て、LBOディールで交渉ポイントになりがちなポイントについてのブリーフィングがあり、SPA交渉の後には、Carlyleで案件を担当したパートナーが教室に来て、ディールの肝を説明してくれます(ちなみに、扱うディールは来年からアップデートされるようです)。
さらに昨年から、David BardというWharton Undergrad & MBA卒業生が講師を務めることになりました。彼は、Bain Capital出身で、現在はAmerican SecuritiesというNYのPEファンドでマネージャーをしています。彼が仕事後にフィラデルフィアに来る必要があるので、開講時間が月曜日の午後6時から9時と遅めなのですが、PE出身・志望の学生が殺到して、立ち見の聴講者が出るほどの人気授業になっています。
特に印象に残ったのは、「PE投資にとって、良い投資テーマ (investment thesis)とは何か?」ということについて丸々6時間かけて徹底的に議論したことです。”対象会社がロールアップM&Aをすることによる成長可能性”というのは、投資テーマになり得るのか?といった論点に関し、「業界再編に経済合理性があり、対象会社も買収候補のリストを作成済みで、過去にもM&Aを実行していて、PMIにも成功している実績があるのでなければ、投資テーマとは言えないだろう」と結論をまとめていたのですが、これは実際の投資案件で修羅場をくぐってきた実務家でないと言えない発言だと思います。私も、”NPS (Net Promoter Score)が高い、というのは投資テーマになり得るのか?”という積年の疑問をぶつけてみたのですが、「NPSが高いというだけでは投資テーマとして弱いのではないかと思い始めている。例えば、ロイヤルカスタマーが年平均5足も購入する高NPSの靴ブランドがあったとして、彼らがブランドを熱狂的に支持しながらも翌年には3足しか購入しなくなり、売上成長が止まるといったことは起こり得る」という指摘は目から鱗でした。
投資テーマとは反対のリスク要因に関して、”特定の顧客への依存度が高い”といった発言に対しては、「顧客別の収益性を見るまでは判断できない。仮に、売上の50%を占める顧客への利益率が0%だった場合、この顧客を切った方がいいということもあり得る」と切り返されていました。このように、初期仮説を一旦留保し、批判的に見直すことで、異なるアングルの視点が得られるというのはバリュー投資の醍醐味だと思います。
投資テーマの仮説を検証していく作業についても、いかにチームの若手やコンサルタントのリソースを適切に配分するべきかという方法論を学びます。投資委員会でのプレゼンのストーリーラインをワークプランにしてチームに展開し、枝葉末節の論点を削るという働き方のtipsを、「コンサルタントを雇う場合であっても、エキスパートインタビューのインタビューガイドと、カスタマーアンケートの質問票は事前に自分で責任をもってチェックしろ」といったレベル感で指導できるのは実務家ならではです。「ジュニア時代に上司にされて嫌だったことは俺たちの代で終わらせようぜ!」といった熱い提言もあって心に響きました。
また、PEファンド、メザニンファンド、LevFin出身者も多数授業を受講しているので、「Apollo (ディストレス債権への投資で有名なPEファンド)だったら、このリスクはEntry Priceに織り込んで取りに行く」、「Silverlake (Techに強みを持つPEファンド) だったら、この場合はこういうTechnology DDをするはず」、「JP Morganはこのローンタームにはこだわる」といった同級生の貴重なコメントを聞くことができたのも有意義でした。
教室の外では実際のデータを使ったライブ・ディールを経験でき、教室の中でも実際の投資委員会さながらの議論を経験できる貴重な授業なので、PE出身者・志望者にとどまらず、幅広い方にお勧めしたいです。