2016年4月からCOURRiER Japonにて連載の「ウォートンに聞け!」最新記事は、Semester in San Franciscoについての在校生レポートです。記事内にもある通り、Whartonには、Philadelphiaの他にもSan FranciscoにCampusがあり、2年生の秋学期の4か月間、TechやStartupを実務の近くで集中的に学ぶという選択肢も与えられています。今年卒業したばかりのWhartonアラムナイが、人気のSan Francisco Campusの特徴や学びを、経験談を交えて紹介させていただきましたので、ぜひご一読ください!
【COURRiER Japon 連載】ウォートンに聞け!
いまウォートン生が熱狂する「良いとこ取り」のプログラムとは?
山田聡 1986年北海道生まれ。2008年東京大学農学部卒業。同年、三菱商事株式会社に入社。自動車事業本部にて、ロシア・カザフスタン・キルギス・ウクライナ向け自動車輸出・販売事業、投資案件や新規事業立ち上げを担当。2015年、 ウォートンスクール入学。2017年5月、MBA取得。2017年7月より米系プライベート・エクイティファンドに参画予定。
PHOTO: THE WHARTON SCHOOL, COURRiER Japon
ウォートンといえば、米国内ではウォール・ストリートの投資銀行やファンドに多くの卒業生を輩出する、全米No.1のファイナンススクールとして広く認知されている。
ところが、最近そんなウォートンのイメージとは一線を画す、学生に人気のプログラムがあるという。2016年、このプログラムに第5期生として参加した山田聡さんによるレポート。
この特殊なプログラムは「Semester in San Francisco」と呼ばれるもので、2年生の秋学期(9〜12月の合計4ヵ月)のあいだ、本キャンパスのある東海岸の都市フィラデルフィアを離れ、起業やイノベーションの聖地、サンフランシスコの目抜き通りにあるサブキャンパスで学ぶものです。
毎年60名限定の自主応募制。1学年には850名の学生がいるので、学年全体でみると参加者はわずか7%ということになります。2012年の開設以降年々評判を上げており、現在は倍率が3倍を超えています。
プログラムの特徴は、テクノロジー戦略やソーシャルメディアマーケティング、スタートアップに特化した法務や、ベンチャー投資のためのファイナンスの授業を受けられることです。また、西海岸にいるシリアルアントレプレナー(連続起業家)やベンチャーキャピタリストがゲストスピーカーとして多くの授業に登場。リアルな経験値と最近のトレンドを生で伝えてくれる点も魅力です。
さらに、西海岸という立地を最大限活用すべく、授業外でも多くのネットワーキングのイベントや、大企業の新規事業開発のためのコンサルティングプロジェクトなど、多くの課外活動があります。
このプログラムに参加することで、学生は、東海岸の伝統的で確立された大企業の経営論と、西海岸の起業化精神やイノベーションの起こし方の両方を学ぶことができ、大企業とスタートアップ両者の懸け橋となる人材を目指してゆくことになります。そうした「良いとこ取り」ができるスクールは、現状ウォートンだけだと思います。
では、なぜウォートン生がいま西海岸に強い興味を持っているのでしょうか? 自身の経験から感じた点をお伝えしたいと思います。
起業・イノベーションの起こし方は学べるのか?
「そもそも起業の方法・新たなサービスの開発を学校で学べるのか」という点が多くの方の疑問としてあると思います。
実際、「起業スキルは天性のものであり、学校では教えられない」というような意見も耳にしますが、ウォートンはその点、異なるスタンスに立っています。「起業の成功確率を上げられるような、普遍性のあるノウハウは存在する。そして、それは誰に対してでも教えることができる」というものです。
私の指導教官に、サンフランシスコのプログラム責任者でもあるカール・ウルリック教授がいます。彼はイノベーション・トーナメントという、大企業が仕組みとしてイノベーションを生み出す方法を提唱している教授として有名です。
彼は授業で繰り返し、“Test the sow’s ear hypothesis.(豚の耳のようなアイディアでも試してみるべき)”と言っていました。“Nobody knows what the exeptional ideas are. The goal in innovation should be to fail as early and inexpensively as possible.(何が成功するイノベーションのアイディアなのかは誰もわからない。できる限り早くコストをかけずにアイディアを試し、失敗せよ)”とも。机上だけで新たなアイディアが成功するかを見極めるのがいかに難しいか、そしてその答えはマーケットのみが知っている、ということを説いていたのです。
こうした考え方が根底にあるため、新商品やサービス開発のためのオペレーションを学ぶ授業では、MVPやユーザーテストという言葉が飛び交います。MVPとはMinimum Viable Productの略称で、新たに市場への投入を検討しているサービスの、最も重要な最低限の機能のみを兼ね備えた「テスト版の商品」という意味です。
ここではフルスペックなものを作るのではなく、最低限の機能を、最低限の開発期間と費用で作り、それを実際のユーザーに使ってもらうことが肝です。それに対するフィードバックを得て、商品の改良に繋げようという発想なのです。
日系企業では、開発前に調査や社内検討に莫大な時間をかけることが多いと感じます。しかしこのプログラムでは、とにかく不完全でも構わないのでどんどんテスト・実験をして改善していくことが、新たなものを作り出す定石であることを教えているのです。
たとえば、従来より70%も節水可能なシャワーヘッドを開発しているNebia Shower(ネビアシャワー)という会社の創業者が、ある日授業に来てくれました。彼はこう語りました。
「ベータ版の商品を作っては、ジムでシャワーを浴びている人のところへ突撃訪問を繰り返しています。節水しながらも流し心地の良いシャワー体験を実現できるように、月間で200回以上のテストを数ヵ月おこない、最終版の商品を作り込みました」
彼が最終的に行き着いた水の噴射技術は、宇宙ロケットのジェットエンジンの噴射に使われる技術の応用だったようです。このように、MVPやExperiment(実験)の手法を理解することで、成功確率は格段に上がってくると実感しました。
Learning by doing
プログラムの期間中は約90%の生徒がその立地を生かし、ベンチャーキャピタルやスタートアップで授業のかたわらパートタイムのインターンシップをします。これはまさに、授業で学んだアカデミックな起業論や経営論を実践の場で使いながら自分のものにしていく「Learning by doing」の精神です。
私もシリコンバレーにあるスタートアップで、マーケティング戦略の立案・実行や事業計画の策定といった経験を積みたいと思いました。そこで、たまたまイベントで出会った小売店向けのサービスロボットの社長に突撃で何度も頼みこみ、熱意が買われて事業を手伝わせてもらうことになりました。
実際その会社に行ってみると、町工場のようなオフィスに、ロボット開発のエンジニアやデザイナーが15名いるだけ。マーケティングやファイナンスといったビジネスの経験値があるのは私のみ、という状況でした。「そもそもそんな状態でこれまで数十億円の事業規模まで成長してきているのか」と驚くと共に、私が事業の成長を手伝えることがたくさん転がっており、非常にワクワクしながらインターンをしていました。
まずはパートナーとの交渉用の資料作成から始まり、打ち合わせの席でもそれをベースにプレゼンテーションする機会をもらったり、将来の価格戦略・事業計画をゼロから作ったりしました。半年後には数倍の規模に成長することが求められるスピード感のあるスタートアップのなかで、自分とはバックグラウンドが180度違う、もの作りのエキスパートと一緒に仕事できたことは大きな刺激と経験・学びになりました。
スタートアップはギャンブルか?
最後に、最近のウォートン生に在学中に起業をする人が増えている、という点に触れたいと思います。
60名のサンフランシスコのクラスメートのうち、10%くらいの学生は会社をすでに登記し、自分の起業の準備をしていました。私と最も仲の良かった友人は、ヘルスケア業界の新規ビジネスの種を元にサービス開発をしていて、私もよく投資家へのピッチの練習台として彼のプレゼンを聞き、フィードバックしていました。
彼は、学期が終わるころにYコンビネーターというシリコンバレーで最も実績・権威のある起業家育成・準備プログラム(アクセレーター)の狭き門を突破。いまも学校を休学しながら、ベンチャー事業に時間を費やしています。
私は当初こうした人たちをみて、「MBAの高い授業料を借入金や奨学金で負担しながら、その返済完了前に起業するなんて、何てリスクの高い選択なんだろう」と思っていました。ところがその友人と話すなかでこう言われ、ハッとしました。
「ウォートンのMBAがあればいつでも大企業や投資銀行、コンサルティングファームの職を探すことはできる。最終的に安定した職業につける能力や経歴があるんだったら、いまはむしろアップサイドを狙って起業のチャレンジするほうが賢明じゃないか。
スタートアップの経験がたとえ上手くいかなくても、事業会社や投資会社からは失敗から学んだことがあるはず、と評価もされる。チャレンジせずに無難な道を選ぶほうが、長いキャリアを考えるとよっぽどリスクが高いよ」
こうしたスタートアップをキャリアプランのなかの自然な選択肢として捉えられるところが、西海岸独特の強みであり特徴であると感じました。
まだまだ日本では、起業は特別なものという印象が強く、チャレンジに対するハードルが高いように感じます。そのため、今後のキャリアにおいては、私がサンフランシスコで得た経験や感覚を周囲に伝えながら、少しでもチャレンジしやすい雰囲気作りの創出に貢献していければと思っています。
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