2016年4月からCOURRiER Japonにて連載の「ウォートンに聞け!」最新記事は、ヘルスケアマネジメント専攻についての在校生レポートです。記事内にもある通り、Whartonのヘルスケアマネジメント(通称HCM)専攻は全米トップクラスの評価を得ています。現在2年生の在校生が、HCMとしてWharton MBAに入学するためのプロセス、コミュニティの特徴、またそこでの学びについて紹介させていただきましたので、ぜひご一読ください!
【COURRiER Japon 連載】ウォートンに聞け!
MBAで「ヘルスケアマネジメント」が学べるのを知っていますか?
松本恵理子 2007年慶応義塾大学商学部卒業。同年、三菱商事株式会社入社。ヘルスケア部門にて、病院の建替えプロジェクト(病院プライベート・ファイナンス・イニチシアチブ)を担当。その後、子会社であるエム・シー・ヘルスケアに出向し、診療材料・医薬品の共同購買及びサプライチェーンシステムの営業とビジネス開発に従事。現在、ウォートンのヘルスケアマネジメント学部在学中。2017年5月MBA取得予定。
PHOTO: THE WHARTON SCHOOL, COURRiER Japon
実はウォートンのMBAには、ヘルスケアマネジメント(通称HCM)という専門学部が存在する。1971年から45年以上も続いているプログラムだ。留学生が約30%を占めるウォートンだが、HCMの留学生比率は10%と極端に少ない。そんななか、総合商社のヘルスケア部門を経て留学した松本恵理子さんが、挑戦の日々をレポートする。
私も受験をするまでHCMの存在を知らなかったのですが、ここ米国では、常識的に「ヘルスケア業界に強いウォートン!」としてかなりのプレゼンスを示しており、業界に多くの優秀なビジネスパーソンを輩出しています。たとえば、ジョンソン・エンド・ジョンソンのアレックス・ゴースキーCEOもその1人です。私も留学してすぐに、この強固なネットワークを目の当たりにしました。
そもそも、この特殊なHCMプログラムは毎年70人前後の枠があり、ウォートンに出願する時点で、HCM専攻希望であることを宣言しなければなりません。選考も通常のMBAよりワンステップ多く、HCMプログラムディレクターであるジューン・キニー教授との面接を突破する必要があります。
合格のポイントは、「既存のHCMネットワークをさらに広げて、新たな価値を吹き込めるか」です。クラスメートの持つ経歴と強みにはそれぞれに個性があり、まさに「ヘルスケアのるつぼ」を実感します。職務経験も、プロバイダー(医療機関)、ペイヤー(保険会社)、臨床経験のある医師、ヘルスケア関連のコンサル、投資銀行、プライベートエクイティ・ベンチャーキャピタル、バイオテック、製薬、医療デバイス、スタートアップ、とバラエティに富んでいます。ペンシルバニア大学医学部在学中のMD・MBA生も複数人います。
「私に理解を示す必要のない米国人」との議論
ウォートンでは、クラスの単位を「コホート」と呼びますが、このコホートにそれぞれ6名ずつMCH生が配置されます。そして、この6名で1つのラーニングチームを構成します。HCM関連の授業はもちろんのこと、統計学やマーケティングなど、MBAのコア科目における課題もこのラーニングチームで取り組むことになっているため、実質1年生の間は、四六時中、HCM生と一緒に過ごすことになります。
私のラーニングチームは、ヘルスケアコンサル、保険会社、PE、スタートアップ経験者、そして私という構成で、私を除く全員が米国人。ここで特筆すべきは、HCMにおける留学生の少なさです。ダイバーシティに富むウォートン全体では、30%強の留学生がいます。しかしHCMではわずか10%。中国人、インド人、メキシコ人、そして日本人は私のみです。
HCMの歴史上も、日本からの純粋な留学生は4人しかいません。米国のビジネススクールなので、やはり米国のヘルスケアが学びの中心になります。また、「HCMで有名なウォートンで、何がなんでも学びたい!」という意思で入学している学生がほとんどなので、クラスメートの米国人率が上がるのは当然のことでもあります。
思い返せば、留学前の商社勤務時は、米国人とだけ膝を突き合わせて議論する機会は少なく、あったとしても、我々のビジネスに「理解と興味のある米国人」との接触でした。しかし、「利害関係もなく、私に理解を示す必要もない米国人」と共に課題やプロジェクトを推進していくことは、未知体験。また、学びのベースは米国のヘルスケア制度ですから、いままでどっぷり米国の医療に浸かってきた米国人クラスメートと私とでは、知識とセンスに大きなギャップがあり、それをハンディキャップと感じることも多くありました。実際、時間をかけて考えたアイディアがものの見事に一蹴されたり、「米国の常識とは違うから…」と反論にあったりもしました。
著名病院からもコンサル依頼!
ここで、HCMの名物授業を2つ紹介します。
1つ目は、HCMの基礎科目の位置づけである、ロートン・バーンズ教授による、「ヘルスケアサービスシステム」です。HCMには“アイロン・トライアングルからトリプル・エイムへ”という合言葉があります。アイロン・トライアングルとは、アクセス、質、医療費の3つを頂点とする三角形のことで、どれかを実現するためにはどれかが犠牲にならなければならない、という考え方。一方、トリプル・エイムとは、質、健康向上、医療費の3つを頂点とする三角形は、どれも犠牲にすることなくバランスを保ち得る、という発想です。この考え方へのシフトを、徹底的に頭に叩き込まれるのです。これはまさに、昨今の業界トレンドである「バリューベースヘルスケア(Value-Based Care:ボリュームではなく、費用対効果の高い、価値創出に基づく医療)」に関連しており、HCMでの学びの軸になっていると感じます。
この授業では、前出のプロバイダー、ペイヤー、そしてプロデューサー(製薬メーカーやデバイス企業など)の各立場からヘルスケア業界を俯瞰することも目的としています。ゲストスピーカーたちが毎回テーマに沿った講義をしてくれるのですが、彼らが豪華かつテーマがタイムリー。とくに、2015年に話題になったノバルティスとグラクソ・スミスクラインの事業移管を担当したインベストメントバンカーの華麗な講義は、学生の大きな注目を集めていました。
2つ目の名物授業は、「フィールド・アプリケーション・プロジェクト(通称FAP)」で、6人がチームを組み、医療機関、ヘルスケア関連企業/スタートアップのコンサルティングをするプロジェクトです。全部で12チームしか組んでいないのに、米国内外から届いたコンサル依頼は50以上。ここでもHCMのネットワークの幅広さに驚かされました。
私のチームが選んだプロジェクトは、ロサンゼルスの著名病院であるシダーズ・サイナイ病院の、外来患者の健康へのエンゲージメントを促進させるというもの。病院側もこのプロジェクトには真剣で、毎週の電話会議に加え、チームミーティングも頻繁に実施する必要がありました。
しかし、仲間と切磋琢磨して、各人が自分の強みを発揮しながら1つのものを創りあげるプロセスは、目まぐるしくも有意義で、純粋に楽しい時間でした。とくに、私自身の飛び込み営業マインドを活かして、最終的に病院から最も感謝される情報をとってきたことがプロジェクトの突破口となりました。米国医療のフィールドという、自分がアウェーな環境でも存在感を示せたことが、自信にも繋がった貴重な経験となりました。
最新のトレンドに触れられる
HCMではさらに、ヘルスケアクラブの活動も盛んです。毎年2月にウォートンで開催されるヘルスケアカンファレンスは全米のビジネススクールが開催する最も大きなもので、HCM卒業生も集結するネットワーキングイベントになっています。2017年のカンファレンスのテーマは、「ブレーキング・バウンダリーズ(境界を壊す)」でした。「変化の激しいヘルスケア市場で、良質な競争とコラボレーションを実現していこう」というメッセージが詰まったカンファレンスとなりました。
ほかにも、トレンドの1つでもあるデジタルヘルスケアに着目したデジタルヘルスクラブでは、先日、同分野のスタートアップ企業を訪問するトレック(研修旅行)に参加しました。メンタルヘルス患者とコーチングスタッフをマッチングする「Lantern(ランタン)」やメディケイド(低所得者・身体障がい者を対象とした米国公的医療保険制度の一つ)に着目したデータ管理プラットフォームを構築する「Nuna(ヌナ)」など、次の時代をリードするスタートアップのマインドとスピード感に触れることができました。
夏期のインターンシップ探しや就職活動も、ウォートンの一般のキャリアアドバイスの他、HCMからの手厚いサポートが受けられる仕組みになっています。私は2016年夏、大型大学病院の1つであるアラバマ大学バーミンハムのヘルスシステムの管理部門でインターンをしました。携わったのは、外来の診察室利用率を向上させるための方策や、米国医療のキーワードでもある「ポピュレーションヘルス(グルーピングした患者集団に対する医療介入)」の取り組みへの提言など、コンサルティング要素の詰まったプロジェクトでした。米国の大型病院は病院経営を明確に「ビジネス」と捉え、生き残りと威信をかけています。常に医療環境の変化を正確に捉え、そのビジネスを進化させようという努力に余念がないところが印象的でした。
HCMで学ぶ中で、「オバマケア」というビックウェーブを受けたヘルスケア業界全体の試行錯誤と、変化を遂げつつあるダイナミズムをひしひしと感じます。今後、トランプ大統領による医療政策へも対応していかねばなりませんが、根底にある「バリューベースヘルスケア」の流れに乗って、一歩ずつ地に足をつけて前進している印象を受けます。トレンドも常時、微妙な変化があり、現在は「ホームヘルス」「メンタルヘルス」「外来シフト化と利便性向上」に着目したビジネスが非常に増加しているようです。日本も、医療制度が異なるとはいえ、こうした米国のビジネスから学べるところはたくさんあると思います。
HCMでは授業内外で、圧倒されるほどに多くの良質な機会が与えられます。その上、70人のクラスメートの結束が非常に強く、彼らの多様な経験と強みが有機的に作用し、深く幅広い学びを無限大に生み出しています。HCMは私にとって、そんなパワーを感じる場所です。
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