2016年4月からCOURRiER Japonにて連載の「ウォートンに聞け!」最新記事は、家族(パートナーと息子さん)とともにMBA取得に挑む女性在校生による寄稿です。子育てとウォートン留学を両立する中での彼女ならではの学びをはじめ、これからご家族とともにMBA取得を検討される方々へのメッセージも含んだ内容となっていますので、ぜひご覧頂きたくご案内をさせて頂きます。
【COURRiER Japon 連載】ウォートンに聞け!
忍岡真理恵 1983年神奈川生まれ。2008年に東京大学ロースクールを卒業後、経済産業省に入省。司法試験にも合格した法律の知識を生かし、特許法、民法等の改正に従事。2015年、 ウォートンスクール入学。2017年MBA取得予定。
PHOTO: THE WHARTON SCHOOL, COURRiER Japon
2015年5月末、3ヵ月後に迫るウォートン入学を前にして、私は決断しかねていました。「ウォートンに進学すべきか、あるいは諦めて復職すべきか?」
このとき息子はまだ7ヵ月。その前年の受験プロセスでウォートンから合格をもらっていた私は、出産のために入学を留保し、育児休暇を取得していました。2度と巡ってこないかもしれないチャンスを逃したくない、もっと成長して仕事の幅を広げていきたい。そんなふうに思っていました。
とはいえMBA留学は、両親をはじめとした周囲からのサポートが得られにくくなるし、大量の課題や深夜までのグループワークなどで、拘束時間も長いのが常識です。当時息子をまだ母乳で育てていましたし、夜泣きもひどく、自分1人で負担を抱えられるとはとても思えませんでした。無理に留学をすれば息子や夫、両親に迷惑をかけることになるし、お金や時間のコストも決して小さくはありません。
さらに私はロースクール出身で、官庁でも法律に関する仕事が中心でした。金融業界の第一人者たちを送り出してきたウォートンでいきなりファイナンスを専攻するのは、無謀でもあります。
最終的に、挑戦したい気持ちを諦めきれずに見切り発車で飛び込みました。しかしこの1年半を振り返ると、人生の可能性を広げてくれる貴重な経験になっていると思います。MBAで得たものはたくさんありますが、今回は、「母親」という観点からの学びを3つ取り上げたいと思います。
自分の人生を後回しにしなくていい
1つ目は、キャリアアップに挑んでいる母親たちとの出会いです。現在ウォートンには、2学年合わせて14人の母親がいます。そのうち、11人は留学生で、そのうち3人は自国に子供を置いてきています。
彼女たちの生きかたはさまざまです。たとえば2人の子供と夫を連れてきた金融業界出身のキルギス人、家族を置いて留学している韓国人、在学中に妊婦の状態でコンサルティングファームでインターンシップをし、そこに転職した人などがいます。また、自分でビジネスをいくつも立ち上げてから入学した2人の子供の母親は、いまはMBAに通う母親を支援するMBA mamaという事業を運営しています。
一見すると“スーパーウーマン”の集まりのようですが、実際は皆、悩みを抱えながら頑張る普通のお母さんでもあります。たとえばある昼食会では、「子供を人に預けてまでMBA取得のために時間を使っていることに罪悪感を持ってしまう」という話で盛り上がりました。するとこんな意見がありました。
「そのときは申し訳なく思っても、私の報酬が上がることは子供にとっても良いことだから前向きにとらえるべき」
「最初は離れるのが辛かったけど、いまでは娘が宿題を持ってきて『⼀緒に勉強しよう』と言ってくれるようになり、かえって教育上良いのではないかと思っている」
そんな母親特有の微妙な感情を共有できる仲間がいるのは、心強いことです。ほかにも助けられた場面はあります。仲の良い同級生も、息子を連れて韓国から留学しています。私はふだん息子を保育園に預けているのですが、保育園が休みの日にどうしても外せない会議が入ってしまいました。前日の深夜、藁にもすがる思いでSOSメッセージを送ると、彼女はすぐに返事をくれ、翌日息子を預かってくれました。
日本に限らず、母親は自分の人生を後回しにしなければならないというプレッシャーを感じます。果敢にそのプレッシャーに立ち向かいつつ、子育てにも一生懸命取り組む友人たちと出会えたことは、一生の支えになると思います。
時間をかけられないときの貢献のしかた
2つ目は、仕事と育児のバランスをより広い視点で考えられるようになったことです。両立には、「何を優先し、何を捨てるのか」という自分なりの基準をきちんと持つことが大切だと思います。MBAに来たことは、その基準を確立するための材料を集め、考えを整理する貴重な機会になっています。
ウォートンは女性の比率が4割を越えており、ビジネスの場面で女性の活躍を推進していこうという取り組みが盛んです。さまざまな分野で活躍する女性の先輩から、どうやって苦労を乗り越えてきたかということを直に聞けるチャンスもたくさんあります。
自分自身について振り返ると、出産後「母親はこうでなければならない」という思いに駆られ、知らず知らずのうちに柔軟に考えられなくなってしまっていました。日本から離れて気づいたのは、必ずしも決まった形があるのではなく、子供も親も共に自分らしく生きられる形を探していけばいいのだなということです。
また、女性に限らず、クラスメイトから学ぶことも多くあります。息子の送り迎えや寝かしつけで作業時間はほかの学生と比べて少なくなりますし、夜泣きで起こされてほとんど寝られない日もあります。しかし、クラスでは1人の学生としてアウトプットを求められます。出産前のように、納得いくまで時間をかけることで周囲に貢献するのはもうできないため、クラスでは自分の価値を見い出せずにいました。
しかしクラスメイトたちからは、決して甘くはないけれど、リアルで建設的なアドバイスをもらうことができました。たとえば私が、「アウトプットを急に改善するのは難しい。どのような態度でチームに接すればいいか」と相談をしたとき、米国人からは、「第⼀に、それは謝る問題ではない」と言われました。「まずは自身が貢献できていないとわかっている、と示すこと。あとは努力をしっかりアピールすべき」とのことでした。あるいは「時間がないなら自分で作業を抱え込まないで、むしろマネジャーとして効率的にタスクを振っていったら?」と言ってくれた人もいました。このようなやり取りを経て、自分なりの貢献の仕方を模索しています。
子育て中こそスキルアップを
3つめは、キャリアアップにつながるスキルを、集中して身に付けることができたことです。子供がいると時間が細切れになってしまい、仕事に集中して取り組めずに焦ってしまったり、いわゆるマミーズトラック(※)に乗ってしまったりする場合もあると聞きます。(※子育てによる制約が原因で、⼀線を退いたポジションにつかざるを得なくなること)
私はむしろ、その時間にMBAでスキルを身に付けることができれば、結果的に非常に生産的な時間を過ごせるのではないかと思っています。とくにウォートンの場合はNon-Disclosure Policyという、自分の成績を外部に開示しないという学生同士の協定があります。そのため、成績へのプレッシャーも高くありません。決して勉強をしなくてよいということではなく、1人ひとりが新しい領域にチャレンジをすることを推奨するためのシステムです。この協定は毎年学生の投票で採択されるため、皆の総意で維持されているのです。
いまは実在の会社の評価をするなどハードな課題が毎週のように出され、グループワークにまったく貢献できずに、情けなく悔しい思いをすることもたくさんあります。それでも、親身に相談に乗ってくれる投資銀行やコンサルティングファーム出身の友人たちの教えをもらいながら、確実に新しいスキルが身についている実感があります。そんな無茶ができるのも、学生だからであり、本当にありがたいことだと思います。
子供を持ちながらMBA取得をするためには、子供が健康で、パートナーの理解も得られ、学費を工面できる、といった多くの前提条件が必要です。とても自分の力だけでできることではありません。しかし叶うのであれば、より多くのお母さんたちにも、MBAを選択肢の1つとして考えられるようになってほしいと思います。
母親がキャリアアップをしようとすると、当然父親にも負担が生じます。我が家はたまたま夫が同じ学校に留学することができたので、夫が子供と離れ離れになることも、キャリアブランクが生じることもなくすみました。しかしそうでなければ、子供か仕事かという、大変厳しい選択をせざるを得ませんでした。
最近は働く女性にスポットライトを当てた議論が多くなりがちですが、パートナーを含めたすべての人にとって柔軟な働きかたが許されて初めて、「女性活躍」が成立するのだなと、留学を通して強く感じています。
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